2016.5.9(月) 高野正幹・サックス&ジャズピアノ・ライヴ




1955年佐賀県生まれ。

8歳よりジャズを聴く。
13歳でアルトサックスを始める。
1974年ビッグバンドの雄であった愛知学院大学のスインギングオールスターズに入団。 アルトの森剣治氏に師事。21歳でスリー ブラインド マイスレーベルにレコード2枚残す。
1978年京都でピアノの藤井貞泰氏と共演。
1979年上京し、クラシックの富岡和夫氏に師事。
1981年、宮間利之とニューハードに入団。
82年ヤトラジャズフェス、84年ニースジャズフェスに出演。
1984年ニューハード退団。スタジオワーク開始。ジェイク・コンセプション氏のセクションに参加。
1990年からドラムの猪俣猛氏と共演。
1993年から東京ジャズギルド オーケストラのメインテナーソリストとして参加。
1997年猪俣猛氏のシンフォニック ジャズオーケストラに参加。
1998年、豪華客船「飛鳥」のワールドツアーに猪俣猛カルテットのTenorsaxプレーヤーとして参加。
1999年より吉祥寺の「ストリングス」をホームグラウンドにドラムレストリオを結成。 ピアニストでは吉岡秀晃、西直樹、青木弘武。 ベーシストでは、山下弘治、加藤真一、香川裕史などの一流のジャズメンと共演している。
2000年よりトランペットの小山宣夫氏と東京マジェスティック ジャズオーケストラを結成。 ここでは、リードアルトを担当。
また、2000年5月には猪俣猛カルテットの一員として、2回目の「飛鳥」世界一周ツアーに参加し、 メキシコにて初の海外公演を行い、大絶賛を博した。
2001年冬には、自己のカルテット「イースト・クエスト・カルテット」にホーンセクションを 加えたメンバーによる、初リーダーアルバム「Star-Crossed Lovers」を自身のレーベルより発売。 ジャズライフ誌、スイングジャーナル誌(4つ星)において、高い評価を得た。
また、スタジオのトップトランペッターである数原晋氏の「ディキシーランド ワンステップ」に参加。 クラリネットに新境地を見いだした。その数原氏をして「音色、フレーズとも現時点で最高のテナーだ。」と言わしめた。2003年より、ジャズオルガンのトッププレーヤーである河合代介氏との双頭バンド「タカノオーガニックファンキーバンド」をギター・ドラムと共に開始。ファンキーかつコンテンポラリーなサウンドを目指した。
海外では、2005年JBホーンズやメセオ・パーカーバンドのベテラントランペッターであるロン・トゥーリー氏に認められ、彼のバンドメンバーとして日本ツアーを行った。世界最高のビッグハンドでの活動、又かつてはジャコ・パストリアスをウェザーリポートに紹介したことでも知られる彼いわく、「今ジャズはワールドミュージックとして発展している。国や人種にかかわらず、素晴らしいミュージシャンが世界中から出ている。最初高野のプレイを聴いた時、自分と非常にソウル(魂)が近いと感じた。それで一緒に演る事にしたんだ」。彼とはアンサンブルのフォーマットも含め様々なプレイを行う予定である。

以上のような活動の他、通常のスタジオワークも加わり、多彩な活動を展開している。

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